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イイオンナノ作り方はイイ女から学ぶ!「個性の活かし方」
Vol.10 山崎 バニラさん

金髪に和服姿という独特のスタイルと、トレードマークの声。活動弁士としてだけではなく、司会や声優とマルチに活躍する山崎バニラさん。自由な表現と型にハマらない生き方が素敵です。オンリー・ワンの輝きを放つバニラさんならではの、個性の活かし方とは?

山崎 バニラさん

―2000年に活弁士としてデビューするまで、どんなストーリーがあったのでしょう?


清泉女子大を卒業して就職活動をしたのですが、当時は就職難だったこともあり、どこも不採用。だったら、思い切って興味のある芸能方面を目指そう、と。学生時代、早稲田のミュージカル研究会にも所属し、舞台に立つ楽しさに未練があったというのもあります。

両親が「決めたことはケジメをつけてやれ」という主義だったので、タイムリミットは2年と約束し、そこからはアルバイトとオーディションの日々。振付師の助手やCMのバックダンサーも経験しました。いつ仕事が入っても大丈夫なように、早朝の清掃のアルバイトをしていました。早朝の清掃からそのまま8時間ダンスレッスン、なんてこともざらでしたね。



―当時は、日々どんなことを考えていましたか?


社会人になったからには「赤字の人生はもう終わり」と決めたのです。ノルマを自分で払うような舞台は、 たとえやりたい役でもオーディションを受けませんでした。2年でモノにならなかったら、芸能の道はキッパリと辞めるつもりでした。 そんな時雑誌で、無声映画シアターレストランがオープンにあたって「座付き弁士」を募集するという記事を見つけたのです。



―ピンと来るものがありましたか?


それが全く(笑)。活弁士という仕事が何なのかも知らず会場に行きました。それまで無声映画を見たことも無く、台本を自分で作るという事も初めて知りました。会場でいきなり古典映画の朗読をすることになったのですが、この声でやったら審査員の方々は大笑い。でも結果は合格。活弁士のお仕事は面白そうと思ったのですが、台本作りは私には無理。お断りしたのですが、無声映画には喜劇やアニメもあるからやってごらんと勧められ、すぐに本舞台に出ることになったのです。

山崎 バニラさん

↑エイジレスな笑顔が魅力的な素顔のバニラさん。

 

―活弁士・山崎バニラの誕生ですね。


華々しさとは真逆のデビューでした(笑)。教えてくれる人はいないし、試行錯誤の連続。初めて活弁をつけたのは10分程度の作品でしたが、台本作りに2ヶ月かかりました。今だから笑って話せますが、客席が母と妹、その友達だけという時も。それが序々にシアターでの興行が評判になり、後半は立ち見が出るまでになったのです。

私の活弁を知ったプロデューサーさんから「面白いから、テレビの特番に出演しないか」と声をかけて頂いたのが25才の時。それが評判になり、新作映画を活弁で紹介する深夜のレギュラー番組を持つことになりました。

―金髪&和服スタイルに個性的な声。バニラさんをテレビで初めて見た時は、衝撃的でした!


テレビで着ている和服は全て、祖母から譲りうけた自前です。金髪のウィッグは、似ていると言われたイタリア人女優のジュリエッタ・マシーナを意識しています。覆面レスラーのように、着けると強気になれる(笑)勝負スタイルです。



―大正琴での弾き語りも、“バニラ流”スタイルですね。


実は、弾き語りスタイルは、楽をしようと思って始めました。台本書きが苦手なので「楽器を弾いている間はセリフを入れなくていいな」と。母がピアノ教師だったので、楽器の心得はあります。祖母が買って物置で眠っていた大正琴をひっぱり出し、自己流で練習をしました。いざ始めたら、弾き語りの活弁は、右脳と左脳をフル稼働しないとカタチにならない。楽をしようと思ったのに、大変なことになっちゃいました(笑)。

でも、これが私のスタイル。最近では歌を入れたり、大正琴の合間に太鼓も打ったり、弾き語りの幅を広げているところです。



―活弁士という仕事の魅力は?


「上映」とも「上演」ともいえる活弁を通して、無声映画の魅力を紹介できることです。映画の黎明期を支えた俳優さんたちの、躍動感あふれる映像に愛おしさを感じます。

幅広い層のお客さんと出会えるのも嬉しいですね。お子さんは先入観無く、チャップリンの動きを見て笑ってくれます。お年寄りの方は懐かしいと喜んでくれます。私はアニメの声優もしていますが、それを見た方が独演会に足を運んでくれたり、アート系の学生さんたちと映画談義を交わしたり。出逢いの輪が広がりました。

1時間半以上一人でしゃべり続ける独演会は、毎回着物の中が汗でびっしょりになるくらいの真剣勝負。私の中にある「人としてのパワー」も見て頂きたいです。



―小さい頃は、どんなお子さんでしたか?

極度の人見知りでした。大学時代、ミュージカル研究会に入ったのは「ここで自分を変えないと、私は一生このままだ」と思ったからです。今でこそ大勢の前でしゃべる仕事をやらせて頂いていますが、ステージの中央でしゃべる落語や講談だったら無理でした。映画のサポートという裏方的な立場でしゃべる活弁士だから、続けられるのかなって思います。



―ご自身の性格で好きなところは?

色んな立場の人の気持ちを共感できるところです。バックダンサーや振付師のアシスタント時代もあったから、同じ境遇で頑張っている人の気持ちが痛いほどわかる。掃除のアルバイトや学生時代は大道具も作っていましたから、裏方さんに感謝できる…。貴重な経験をたくさんさせて頂いたおかげだなって思います。



―個性を磨くために、続けていることはありますか?

朝起きて、ラジオの「スペイン語講座」を聴くのが日課です。私は、お金と時間をかけてあれこれ習い、器用貧乏になるのはどうかと思うんですね。大学(スペイン語スペイン文学科)で真剣に学ばなかったので(笑)、細く長く続けています。

脳トレにと始めた将棋も続けていて、初段のお免状を頂きました。感情のかけひきをしたり、負けても素直にありがとうございましたと言ったり、私に足りない要素が将棋にはあります。理想の男性は「一緒に将棋を指せる人」かも(笑)。

―活弁士としては、今後どんなチャレンジをしたいですか?


チャップリンと並ぶ喜劇王バスター・キートン主演の『キートンの蒸気船』という無声映画があります。最高に面白くて、ヒロインも可愛くて大好きです。約90分と長丁場なのですが、いつか活弁に挑戦したい作品です。それには体力が基本。最近はジムで走ったり、休んでいたダンスも再開しました。イイ球が飛んできた時はいつでもヒットを打てるようにしたいので。



―30代を迎えられ、一人の女性としての目標は?


私には妹が一人いるのですが、彼女は音楽もダンスも私よりずっと才能があったのに「私が習ったことも全部お姉ちゃんが吸収してくれた」とキッパリ辞めて家庭に入りました。子育ても楽しんでいます。全く違う道に進んだ私たち姉妹に、ある時母が言ったんです。「貴女はテレビに出てお母さんを楽しませてくれて、次女は孫という宝物をくれた。違う喜びをくれてありがとう」その言葉を聞いた時、ふっと肩の力が抜けました。20代の頃は自分に厳し過ぎて、考えすぎなところがあったのですが、今は私らしく進めばいいんだって。30代はもっと自由に、もっとクリエイティブに、色んなことにチャレンジしたいですね。



―最後に。あなたにとってイイオンナの条件は?


「究極のダメだしは、思いやり。」ある演出家さんに言われた言葉が心に残っています。全てに通じる大切なことは思いやり。どんな物にも、誰に対しても思いやりを持てる人が、私にとってのイイオンナです。

インタビュー/文 鄭 美和

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山崎 バニラさん

PROFILE

山崎 バニラさん(やまざき ばにら)さん
活動弁士


1978年、東京都生まれ。清泉女子大学スペイン文学科卒業。大正琴の弾き語りという独自のスタイルで活弁ライブを多数開催。司会やレポーター、ナレーション、踊りの振り付けマルチに活躍。現在は『金曜バラエティー』(NHK総合)や『日めくりタイムトラベル』(NHK BS2)などにレギュラー出演中。『ドラえもん』ではジャイ子の声を担当する。


http://www.yamazaki-vanilla.com/

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